2012年01月

2012年01月27日

診療報酬改定/医療、介護の環境より強く

 本日の河北新報社の社説です。今後の超高齢化に向けて、政府・行政も難しいかじ取りをせまられますね。何度も言っていますが、医療の現場をよく見て政策を進めてほしいです。内容は下記の通りです。


『医療機関や開業医に支払われる診療報酬の来年度の改定率が昨年末決まり、中央社会保険医療協議会で具体的な配分に向けて議論がスタートした。
 診察費など「本体部分」のプラス分と「薬価」のマイナス分を差し引いて全体で0.004%増とほぼ据え置きとなった。
 膨らむ医療費を懸念する財務省は2.3%引き下げを求めたが、地域医療への配慮を強調する与党・厚生労働省が譲らず、双方の面目を立てた形で決着した。
 小宮山洋子厚労相は「首の皮一枚つながった。医療を維持する財源は付けるという意思表示ができた」と語った。
 民主党は2009年衆院選のマニフェスト(政権公約)で、診療報酬の増額を掲げていた。大型公共事業など他の政権公約がなし崩し的にほごにされる中、何とか守り抜いたという実感があるのだろう。
 東日本大震災では、数多くの中核的な医療施設、病院が津波で破壊され、海水に漬かるなど大きな被害が出た。もっと報酬を上げて救いたかったが、引き上げは、患者と事業者の健康保険組合などの保険料負担を重くする側面がある。
 お年寄りや被災した事業所などへの影響など、全体のバランスを考えると一つのラインという見方もできよう。
 改定内容は、政府・与党の社会保障と税の一体改革素案にも盛り込まれた。
 中医協は今月、勤務医の負担軽減策に重点配分することを柱とする骨子をまとめた。2月に策定される答申では、やはり労働環境のきつい救命救急、産科、小児科などに配慮するよう望みたい。
 今回は2年おきに見直される診療報酬と、3年おきの介護報酬が同時に改定される6年に1度の年に当たる。
 介護報酬の改定率は1.2%引き上げで決着した。診療報酬と同様に2回連続のプラスとなり、高齢社会で増え続ける介護ニーズに対応した。
 これによって介護事業に従事する職員の処遇改善策が続くことになる。現在、介護職員1人当たり月額1万5千円を賃金に上乗せする「処遇改善交付金制度」があるが、本年度いっぱいで廃止される。
 今後は介護保険財政で賄われる。激務のスタッフの待遇を中長期的に目配りできるようになった点は評価したい。
 報酬が増えても施設改修費などに充てられるケースがあったが、人件費に特定する加算措置が取られた。広く確実に職員の手に届くよう徹底してほしい。
 このほか、12年度に導入される「24時間地域巡回型サービス」など在宅介護を重視した。入所待機者は増えることが予想され、震災の被災地では、狭い仮設住宅暮らしなどの影響で要介護度が高くなる人が多い。
 民生福祉を支える人々が働きやすい環境を整え、医療、看護、介護が機能的に連携できる体制を築きたい。それには地域からの視点が欠かせない。』(2012年01月27日(金))


doctor_b3 at 09:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)コンサルタント日記 

2012年01月13日

離島医療と被災地支え

 本日の読売新聞の記事です。本当に心温まる記事なのでご紹介します。こういう方達の輪が広がっていくと被災地や離島の医療も崩壊を防ぐことができます。是非とも輪が広がっていくことを願っています。内容は下記の通りです。


『東日本大震災の被災地と、離島の地域医療の両方を支えようと、東京都と兵庫県出身の看護師2人が今月から、西ノ島町の隠岐広域連合立隠岐島前病院で契約職員として働き始めた。月の半分は病院で勤務。残りは被災地でボランティア活動。二足のわらじで奮闘している。(佐藤祐理)
 2人は、東京都多摩市出身の海出薫さん(36)と、兵庫県伊丹市出身の末吉千夏さん(27)。元々、途上国や国内の離島などに看護師を派遣する東京のNPOに所属しており、震災当時も、それぞれ隠岐島前病院や山梨県山梨市の病院で研修していた。
 震災後は、宮城県気仙沼市や南三陸町などにNPOから派遣され、巡回診療や健康相談などを担当。NPOとの契約が終わった昨年夏以降も、ボランティアで漁港の土のう積みを手伝ったり、漁業の再開を願ってワカメの種付けをしたりしていた。
 一方、隠岐島前病院では昨年秋から退職などで看護師が不足し、人繰りが綱渡り状態に。退職者に来てもらうなどして急場をしのいできたが、松浦幸子看護師長(54)が震災時に研修で来ていた縁で海出さんにSOS。
 海出さんは迷ったが、「隠岐も人手が足りない。認めてもらえてうれしい」と快諾。被災地で一緒に活動していた末吉さんに声をかけ、契約職員として勤務することを決めた。
 2人は、隠岐島前病院でローテーション勤務をこなし、入院患者の世話などを担当している。海出さんは「隠岐も大変。ここでの仕事がいい経験になるはず」と意欲。隠岐は初めての末吉さんも「知り合った人たちとの縁を大切にしながら頑張りたい」と話す。
 一方で、被災地のことも忘れない。「全てを失った人たちの喪失感は計り知れない。何十年かかるか分からないが、本当に立ち上がれるようになるまで見守りたい」(海出さん)と、27日から2月上旬まで、個人活動として一緒に宮城県気仙沼市や南三陸町などに向かう。
 2人の活躍に、松浦看護師長は「人とのつながりがありがたい。東北で頑張る2人が隠岐に帰った時にしっかりと充電させてあげたい」と話している。』(2012年1月13日 読売新聞)

doctor_b3 at 09:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)コンサルタント日記 
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