2012年01月13日

離島医療と被災地支え

 本日の読売新聞の記事です。本当に心温まる記事なのでご紹介します。こういう方達の輪が広がっていくと被災地や離島の医療も崩壊を防ぐことができます。是非とも輪が広がっていくことを願っています。内容は下記の通りです。


『東日本大震災の被災地と、離島の地域医療の両方を支えようと、東京都と兵庫県出身の看護師2人が今月から、西ノ島町の隠岐広域連合立隠岐島前病院で契約職員として働き始めた。月の半分は病院で勤務。残りは被災地でボランティア活動。二足のわらじで奮闘している。(佐藤祐理)
 2人は、東京都多摩市出身の海出薫さん(36)と、兵庫県伊丹市出身の末吉千夏さん(27)。元々、途上国や国内の離島などに看護師を派遣する東京のNPOに所属しており、震災当時も、それぞれ隠岐島前病院や山梨県山梨市の病院で研修していた。
 震災後は、宮城県気仙沼市や南三陸町などにNPOから派遣され、巡回診療や健康相談などを担当。NPOとの契約が終わった昨年夏以降も、ボランティアで漁港の土のう積みを手伝ったり、漁業の再開を願ってワカメの種付けをしたりしていた。
 一方、隠岐島前病院では昨年秋から退職などで看護師が不足し、人繰りが綱渡り状態に。退職者に来てもらうなどして急場をしのいできたが、松浦幸子看護師長(54)が震災時に研修で来ていた縁で海出さんにSOS。
 海出さんは迷ったが、「隠岐も人手が足りない。認めてもらえてうれしい」と快諾。被災地で一緒に活動していた末吉さんに声をかけ、契約職員として勤務することを決めた。
 2人は、隠岐島前病院でローテーション勤務をこなし、入院患者の世話などを担当している。海出さんは「隠岐も大変。ここでの仕事がいい経験になるはず」と意欲。隠岐は初めての末吉さんも「知り合った人たちとの縁を大切にしながら頑張りたい」と話す。
 一方で、被災地のことも忘れない。「全てを失った人たちの喪失感は計り知れない。何十年かかるか分からないが、本当に立ち上がれるようになるまで見守りたい」(海出さん)と、27日から2月上旬まで、個人活動として一緒に宮城県気仙沼市や南三陸町などに向かう。
 2人の活躍に、松浦看護師長は「人とのつながりがありがたい。東北で頑張る2人が隠岐に帰った時にしっかりと充電させてあげたい」と話している。』(2012年1月13日 読売新聞)

doctor_b3 at 09:07│Comments(0)TrackBack(0)コンサルタント日記 

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